そのまんまたろうのブログ

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Sonomamma Taro no Blog

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2022.8.1

子どもが生まれてもう少しで1年半が経つ。

子どもは動くようになると大変だよ。とたくさんの人から言われたけれど、
本当にその通りで、家の中はめちゃくちゃ物が散乱している。

目についたものは次から次へと手に取っていく。子どもの手が届かない場所にものが段々と増えていく。でもそれにも限界があって、家はいつも散らかっている。

子どもの勢いはすごい。目についた物にどんどん向かっていく。

好奇心なのかわからんけれど、
起きている時はとにかく動き回っている。そんな姿に関心するものの、
ぐちゃぐちゃにされる状態を受け入れるのはなかなか時間がかかった。

今までの生活リズムが一気に変わって、
家のこと、仕事のこと、なんだか心が落ち着かな日々が続いた。

数ヶ月前まで、立つことも出来なかった子が、
目の前で動き回って部屋のあらゆるものをとっかえひっかえ出しまくる。
そのぐちゃぐちゃな光景が、こどもの成長を物語っているともいえる。

目の前にいる子どもはどんどん進んでいく。勢いよく成長していく。その成長によって、あらゆるものが変化していく。部屋の光景、一日の時間の流れ、人とのつながり。子どもが成長することで、僕自分を取り巻く多くのことが変化していく。そして、その変化のスピードははやい。

だからいつまでも自分が立ち止まっていては変化に対応はできない。目の前に起こる状況を受け入れ、応じていくには自分が変わっていくしかないのだと思う。

子どもの成長を肌で感じながら、自分も変化しているのだろう。と思った。

「子どもが出来たら女は変わる」という言葉もよく聞くけれど、
それはそうだよね。と思う。
変わらなければ、きっとやっていけないであろう。

でもそれは、「子どもが出来たら」に限らず、
また、「女」だけに限った言葉ではないのだと思う。

ひとりの人と向き合い、お互いが主張し合い、
お互いが折り合いをつけながら関係性を継続させながら一緒に生きていく。
そのためには、相手だけが変わるわけでもなく、
僕だけが変わるわけでもなく、お互いが相手を感じ、
今の自分に留まることなく、常に変化し動き続けていくということなのだと思う。

だからこの先も、僕自身が変わろうと思わなくとも、
僕は変化していくだろうし、子どもの変化によって、
自分では自分にもたらせない変化があるかもしれない。

留まることは楽かもしれない。
でも留まるからこそ生まれる問題だってある。
自分が変わっていくことに躊躇せず、
そんな自分をも楽しめる自分に少しでもなれたらいい。と思う。