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考現学の誕生 〜しなさいと言わない教育:平井雷太

考現学の誕生

 毎日、フッと気になったことをただ書くことを続けていました。らくだ教材を使った教室をやるのに、月刊の「通信」を発行することは不可欠の条件だとは思っていたのですが、私が毎日書き始めても、最初のころは私以外のらくだの指導者に毎日書くことをすすめる気はありませんで した。私が四苦八苦でやっていることを、人に「これはおもしろいからやってみたら...」とそう簡単にすすめられるわけもありません。しかし、これを皆が始める時期がある日、突然に訪れたのです。第四期のニュースクール講座を終えたあとの鳥取でのらくだ研究会(らくだの指導者で構成されているらくだの指導を研究する会)の席上でした。

 なぜそうなったのか。それは第四期のニュースクール講座で講師だった上野千鶴子さん(当時は京都精華大学助教授)の話を聞いていて、私が日々気づきを書き留めていることは「考現学」(考古学ではなく、現在を考えるという意味で)に非常に近いものであることがわかったからでした。 自分のやっていることが「考現学」であるとわかると、一気に伝わります。このときにも「ニュースクール」という言葉と出会ったときと同じような感覚がありました。「みんなで「考現学」を書いてみよう」と言っただけで、らくだ研究会のそこにいたみんなに何かが伝わって、その人なりの考現学をそれぞれが書き出したのです。

 考現学の決まった書き方というものがあるわけではありません。その人がその人なりにフッと 気になったことを書き留めるだけでいいのです。しかし、日記ではありませんから、当然、公開することが前提です。つまり、人が読んでもわかるように書くということです。そんなことがあってから、一ヶ月に一回の通信を書くよりも、考現学を書くほうが楽であるということが体験からわかっていきます。何でもフッと気になったことを書き留めることをしていれば、自分がとんな問題意識で何を見ながら生きているのかが見えてきます。教室で必ず毎日一個の考現学を書くと決めるだけで、教室でどんな問題が起きているのかも具体的に見えやすくなってきます。書いたものを自己評価することさえしなければ、考現学を書けないということはありえないのです。 まさに、「書ける・書けない」を考えず、ただ書く、ことの実践そのものだったのです。

 そんなことを体験する中で、その後の「ニュースクール講座」そのものも変わっていきました。 誰でもが「考現学」を体験する場がニュースクール講座になっていったのです。「これが考現学 だ」と考現学を教えようとすると、考現学は書けなくなってしまいます。しかし、そこで感じた ことや思ったことを好きに書いたものをさして、「これが考現学です」と言えば、誰でも書けてしまうのです。例えば、そこで「一体、考現学とは何なのだろう?」と、問いが浮かべば、その人がその人なりの考現学を考えていけばいいのです。そうこうするうちに、考現学を書く人が増えていき、「考現学を交換する会=ニュースクール研究会」が、一九九三年の四月よりスタートすることになりました。私が毎日何かを書くと決めてから、十六ヵ月目の出来事でした。

 「考現学」を書く人が私だけではなく、全国に何人も増えてくる中で、毎日書くことをただやり続けていると、私の書く量が増えて、私の書いたものの中から、「街中至るところニュースクール」に掲載するものを選ぶことができにくくなっていきます。あれも載せたい、これも載せた いと、それには通信のスペースが狭すぎるのです。「書けなかったらどうしよう」と思っていたときと比べると大変な変化です。ただ毎日書くということを決めて、続けてきたことで起きた変化でした。 「そのうち通信の読者の方から、「「街中至るところニュースクール」に掲載されているものは書 いているもののうちのほんの一部でしょ。他の考現学も読んでみたい」という人が現れて、毎日書いたものを一ヵ月ごとに一冊の小冊子にして「ニュースクールテキストブック」として発行するようになったのが、一九九三年の十二月でした。創刊当初、四十二ページだった内容も、一年後の十三号のときには一四六ページになっていました。その間に、私の書いていた考現学は「日刊考現学」として毎日のようにファックスで読者の方に送られていくようになります。

 また、月刊の通信は一年ごとにその体裁がかわって、「月刊らくだ」から「月刊ニュースクー ル」「月刊コラボレーション」となっていきました。私以外にも書く人がどんどん増えて、一九九四年の五月に発行された「月刊コラボレーション」はらくだ研究会の編集で、私以外のらくだの指導者が作る通信となっていたのです。そして、また、新たに今年の五月からは初心に返って生徒の親向けの通信として、私の考現学を中心に毎月六十ページの「新・らくだ通信」を発行するようになっています。

 これらすべての動きは、「書ける・書けない」を考えず、ただ書く〉ことを、ただ実践してきた たことで起きたことでした。「書くこと」で何が出てくるのか、書いてみなければわかりません。 書き続けることで、そこに波紋が起き、波紋が波紋をよんで書く人が増えてきます。私のところ にも全国各地から毎日のようにファックスが入ります。マスコミに流されているニュースとは違う形の情報です。その人にしか書けない日々の出来事の数々、教室で起きていること、家庭の中で親と子の関係のはざまで起きていること等々...。それを読むと、触発されてまた書いてみたくなったりするのです。書くことの相乗効果が起こります。

 書くことが思いつかない日でも、ワープロに向かうと何かを書き出します。頭で考えたときには何も出てこないはずが、指は勝手に動きだしたりするのです。ですから、「書けない」と思ったときには、書けないときだからこそ書けることがあります。そんなとき、ふだんと違う自分と出会うことができるのです。すでにわかっていることを書くのではなく、書いているうちに何が言いたいのかわかってくる体験、そんな体験が私の中にある未知なるものを引き出す役割をして くれているようにも思うのです。目標を持たずにただ書く体験は、答えのあることだけを教える教育では決して学ぶことができない世界へ私たちを誘うことをしてくれるようにも思うのです。

(「〜しなさい」と言わない教育 より引用)

 

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【おむすびinterview】山本 愛子 さん

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今回の、おむすびinterviewは、蒲原に新たに生まれた旅館型文化施設「素空庵」に、約2週間、ひとり籠りながら、障子や襖などをキャンバスに、染めた布を建築の一部としてのこしていく〈佇む旅〉という試みを行なった、美術家の山本愛子さんにインタビューをさせていただきました。

 

蒲原に来て約1週間が経ちましたが蒲原はいかがですか?
 とにかくこの家にいるだけでとても気持ちが充実します。以前ここに住まわれていた方の民具がたくさん家に残されていて、この空間に染みついた気配みたいなものを感じながら生活してます。外も気持ち良いです。素空庵から南に歩いてすぐ駿河湾の海岸沿いで、逆に北に歩くとすぐハイキングコースに続く山道があって、海と山の近さに驚きました。東海道蒲原は海と山に挟まれているんだなあって。

 

愛子さんは、どのような過程を経て、今の活動をされているのですか?
 小さい頃から絵を描くのが好きでした。私の広島のおじいちゃんは油絵などをよく描いていたそうで、私が物心つく前に亡くなられているのですが、おじいちゃんの絵がたくさん残っていて、それを幼い頃はよく模写していました。それを、親戚の人に見せるとみんな喜んでくれるのもなんだか嬉しくて。そういうのがきっかけで絵が好きって気持ちを保ち続けることができたのだと思います。高校時代はチア部をやりながら、よく美術部に顔を出していました。(笑) オーソドックスに絵が好きだから美大に行こうと思い、美術大学に進学し、そこから今のアートの道になってきました。

今はどのような作品を作られているんですか?
 もともと絵が好きという思いから美術の道に進もうと決めたのですが、美大予備校時代の主任に「君は平面より空間の方が能力を発揮すると思う。」と助言を受けたこともあり、学部は、木工・ガラス・陶芸・染織・金工など、素材に触れる学科に入ることになりました。その中で、布の素材感が自分に合うと感じました。

 「この布の透けるのが綺麗だな」とか、「糸に色がにじむのって気持ちいいな」とか、そういう感覚から手を動かしはじめました。布は、「透け」や「しわ」といった感触のある表現ができて好きですね。手で触れることが原点です。「テキスタイル(染織)」という言葉は「テクスチャー(感触)」と語源が同じであることからもわかるように、布を扱う表現は、触れることそのものに直結しているなって思います。

また、風や光に揺れてきらめく布の姿は3次元のものですが、風がやんだときの静的な状態は、非常に平面的で、布の上に染まる色彩や模様の2次元世界に吸い込まれるような瞬間もあります。そういった、3次元と2次元を行き来するような感覚も好きです。小さい頃の「絵が好き」の感覚を、2次元的な要素に織り交ぜつつ、同時に空間表現に落とし込んでいけるので、好きな部分が発揮できる領域だと感じます。

 

作品づくりの過程について聞かせてください。作品づくりの始まりと、できた後ってどのように変化していますか?
 最初に大まかな構想や印象はありますが、作品づくりの過程でイメージや想いは変わっていきますね。物理的にサイズや構造に限界があったり、変えようのない素材を扱う部分など、制約は毎回必ずあります。ただ、例えば実際にその場所に滞在した時の窓からの光の差し込み方や、風の動きなどを見て、どんな風合いの素材が適しているのかなあと考えたり、人に会って話を聞いたりする中で、新たな素材を得ることなど、実際に制作を進めながら発見することが本当にたくさんあって。それの蓄積によって作品が出来上がっていく感じです。

 

作品づくりで失敗ってあるんですか?
 もはや成功がないです。(笑) そういう気持ちでいつも取り組んでいます。毎回かたちになった時には高揚感があるけど、完璧と思えたことはなく、むしろ不完全を求めているからかもしれませんが、そういう意味で毎回満足できない部分がのこり続けるからこそ、創作活動が続いているのだと思いますね。

 

今回の蒲原での滞在で特に印象に残っていることはなんですか?
 この家(素空庵)に、もともと住まれていた方のお話が聞けたことですね。私自身が聞きたいことがありすぎて、たくさん質問させていただき、全部丁寧に答えてくださりました。この家でどういう生活をしていたのかを詳しく聞くことができて、今回の滞在で作りたいイメージがまた変化しました。特に「家に帰ってきた気持ちだよ」という言葉が印象的で、この家と家にある物には、その方々の暮らしがあって、それを聞いたら、「ほんとに丁寧に作らなきゃ、もう少し時間をかけてこの家と向き合おう」という気持ちになりました。

 

芸術・美術というフィールドで活動されていて、他者の評価や視点の中で葛藤とかは生まれるものなんですか?
 他者の評価が気になることはもちろんあります。ただ、ずっとノートを作っていて、そこにはとにかくいっぱい自分がただ作りたいイメージやアイデアを書いています。これが私の作品のアイデアにつながっています。
 今回であれば、この蒲原に対して何か貢献できたらという気持ちも混ざってきますし、そうすると自分以外の評価も関わってくるように思います。でも、創作欲求みたいなものは自分の中から出てきています。葛藤が全くないわけではありませんが、自分も生かされてるなって思っています。一人でやっているという意識はなくて、自分と自分以外は繋がっていると意識しながら、前向きな気持ちで制作しているようには思いますね。自分が納得するということは、周りのことの中にいる自分を見つけていくことだと思って取り組んでいます。一見自分のための作品づくりに見えることも、誰かとの関係性の中での作品づくりも、線引きはない気がします。

 

大学(学部)のころと比べると、作品はどう変化してる、または変化していないと感じますか?
 変わっていない部分は、「これすごい」「色が変わってきれい」「触ってきもちいい」とか・・・ 自分の内側からあふれる感動がきっかけではじまるということは変わっていないことだと思います。
 また、紙とペンがあって、いつでも簡単に描くことができるということよりも、例えば、材料を仕込まないとできなかったり、青写真の技法を使うときのように、天気が晴れないと作品づくりが進まない。そういった自分にはコントロールできない要素が作品づくりの中に大きな比率で入ってくると、人間中心ではなくて、優しい気持ちになれたり、色々なことを教わっている気持ちで作品と向き合うことができます。絵が好きだった私が、アートに向き合っていく過程で、染色の世界や布などの素材が好きになっていったのは、そういったストップしたりする時間(自然現象)に触れていくなかで、自分が気づいていない自分の一面に会えるような気がしているのかもしれないです。農とアートの親和性はそういったところに感じています。(インタビュー前に、すこし自然農のお話をしました。)
 変わったところは、毎回ちょっとずつ経験が積み重なっていくことで表現方法の幅や深さが変わってきて、それによって選択の仕方は変わっていますね。

(2020/5/22 素空庵にてインタビュー)

 

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5月から横須賀市に活動の場所を移し、新たな環境で作品づくりをされていくそうです。
愛子さんのHPには、作品も掲載されていますので、ぜひのぞいてみてください。

www.aikoyamamoto.net



今回、愛子さんが〈佇む旅〉という試みを行なった、蒲原に新たに生まれた旅館型文化施設「素空庵」

www.soku-an.com

 

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今月のコラム

-- インタビューで学んだこと・気づいたこと --

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 今回、インタビュー記事の中に、愛子さんが元々、素空庵に住まれていた方に、「聞きたいことがありすぎて、聞きたいことを全部聞いた」そして、この家でどういう生活をしていたのかを詳しく聞くことができて、今回の滞在で作りたいイメージがまた変化したという内容がある。  

 「表現」というものは、その人自身の中から生まれるものである。でも、どうやって、どこから生まれてくるのだろうか。 話を聞く中で、「表現」は、元々すでに自分の中にあるイメージやアイデアをただ表現するのではなく、その場で自分が感じたこと、疑問に思ったことと向き合いつづけていく過程の中で、自分の世界を広げていく。そして、その広がりによって、自分の表現はより深まっていくものなのだろうと感じた。

 今思い返してみると、素空庵の風の流れ、床の軋み、置かれているもの...愛子さんが感じている素空庵の世界を聞かせていただいていたように思う。「表現」は、「今」の自分が感じていること、見ていること、疑問に思っていること... そうした「今」の自分と向き合い続けることによって、生まれ深まっていくのだろう。だからこそ、表現は「今」から生まれてくるし、「今」しかできない表現になっていくのだと思う。

 僕は今回のインタビューで、芸術や美術は手の届かない領域ではなく、何か重なる部分が僕の中にもあると感じることができたことが何より嬉しかった。それは『「今」自分が感じていることがある』ということのように感じた。「今」の自分を感じ、受けいれ、向き合っていくことが、「表現」のはじまりのように思う。僕のこの通信も僕自身の1つの表現活動といえるのかもしれない。 そう思わせてくれた愛子さんとその作品はやっぱりすごく自然体で、その空間にいるだけで気持ちがすっきり、ゆったりした。改めて、自分と向き合っていくこと、そしてどんな形でもいいから、自分の「表現」を続けていきたいと思った。

 

7月6日 郵送時の振り返り

◯週1回のオンラインでの入室

高校の教材に入って、プリントにより取り組むことができなくなってきた。

そんなタイミングで、寺子屋のオンラインでの入室がスタートしたので、

6月からオンラインで週に1回は入室し、

プリントに取り組む時間を作るようにした。

 

オンライン入室を開始して1ヶ月が経過したけれど、

少しずつ自分の中でのリズムが生まれてきたように思う。

 

変化としては、プリントだけでなく、

様々なことがまた動き出したように感じる。

 

・ブログをまた書けるようになった

・通信のインタビューおこなえた

・べてるの上映会をスタートした

 

さまざまなことが、影響しあって動き始めたような気がしている。

インタビューをすれば、その中での気づきや問いが生まれて、

それがインタビューにとどまらず、プリント学習や、

べてるのビデオをみて感じたこととのつながりがみえてきたりする。

 

何か動きだす時には、見えなかったり、わからなかったつながりが、

自然と生まれてくる。そしてだんだんと動きだして自分のリズムができてくる。

 

止まってしまうとどうしても動きだすことが大変なんだけれど

自分で動きだすことが難しかったら、オンラインで入室します。と言って、

誰かとの約束を通して、自分を動かしていけばいい。

 

自分一人では動かなくても、

誰かとの関係性の中にあれば自分が動く場合がある。

だからこそ、今の自分がさまざまな関係性の中にいることを自覚し、

自分自身へのアプローチと同時に、

自分自身のまわりにある関係性へアプローチしてみると、

自分が動き出したり、変化していくのだ。

 

(今、吉本さんの共同幻想論の読み方を読み始めているけれど、

この体験も、その意味が本の内容とすごくリンクしてくる)

 

 

 

◯名前を書く

これまでプリントができない時、

「名前だけでも書いてみる」ということを

井上さんからも聞いてきてはいたけれど、

そこまでその行為について考えたことはなかった。

 

だけれど、ここ最近はとりあえずプリントができなくても、

名前を書く ということをプリントに取り組む最初の段階として設定している。

名前を書けたら、その次は、問題を半分、

その次の段階は全問解くという感じで、

「1枚のプリントに取り組む」ということの中に、

いくつか段階がうまれてきたように思う。

 

高校教材1枚のハードルが僕にとっては結構高いこともある。

 

これまでは、やらないと思った時は、

名前くらいは書けそうでも、書かなかった。

(名前だけ書いてなんの意味があるんだと思っていたこともあるだろう)

 

けれど、実際に名前だけ書いてみると、

(名前だけ書くことも1つの段階として設定してみると)

 

その時(名前だけ書いた時)は、「名前だけ書いて意味あるのか」とか思うけど、

名前すら書かず、「プリントを今日もやれなかった」と過ぎる1日よりも

はるかに自分の実感は異なってくることを感じている。

 

それは、「プリントができる・できない」ではなくて、

プリントと向き合ったか、向き合わなかったかということへの実感なのだと思う。

 

頭ではプリントのことを意識したけど何もやらなかった日を、

プリントと向き合った日といえるだろうか。

でも、プリントをとりあえず机に広げて、ペンを持って名前を書く。

そうやって、体を動かすと、頭で意識するよりも、

プリントと向きあうことへの実感は高まるのだと思う。

 

名前だけ毎日書いていたら、いつかは必ず、問題をやろう!という気持ちが起きてくると思う。

でも、何もしなかったら、何も起こらないだろう。

 

小さなことでも、そこに向き合った実感が、

次の日のプリントにもつながってくるのだ。

 

だから本当に小さなことでも、

「できること」を続けていくこと。って大事だなと、

名前を書くということから感じている。

 

 

2020/06/28 ベリーオーディナリーピープル予告編1 上映会の振り返り

ベリーオーディナリーピープル予告編1 上映会の振り返り

今回は、静岡に帰ってきて初めてべてるの家ドキュメンタリー映画の上映会を行った。
僕は進行役として参加した。


・その人のただありのままの姿が映されていること
この映画は、ストーリーとか、メッセージとか、そういう意図のない世界で作られている。
だからこそ、何度みても気づきや学びがある。

予告編1で出てきた人の姿が予告編2・4・5・・・・と進む中でさまざまな変化をしていく。
そうすると、予告編1をみて感じた自分の気づきが、また一段と深まっていくだろう。
予告編1で元気のなかった武田ちよみちゃん、カメラの前でたくさんおしゃべりした
山崎かおるちゃんも予告編2ではまた違った姿をみせていく。

この映画の面白いところは、
人の移り変わりを感じられるところだろう。

予告編1のかおるちゃんをみて感じたこと、千代美ちゃんをみて感じたことは、
人の1時点をみて感じたことだけにすぎない。

いつも移り変わって、変化していくのだから。

予告編1をみて感じたこと

そうやって、ひとりの人のありのままの姿を見ると、
人の本来の姿って、どういうことなのか?という問いも浮かんでくる。

はたして、今の自分は本当に正常なのか?普通なのか?と。

参加者のひとりの方の
「べてるに行くと、病気が現れてくる」という言葉が印象的だった。

僕たちが今こうして、普通とか正常だと思っていることは、
僕たちが普通・正常であると思っているだけであって、
それは僕たちの盲目さや、心の声に耳を傾けていないということの証である。とも言えるのかもしれない。

久しぶりにみて、
佐々木社長!坂本さん!神田さん!岡本さん!下野くん!
あったことないけれど、みんなみんなそれぞれの色で生きていて、
画面を通してでも、またこの人たちと会えて、本当に嬉しい気持ちになった。

 


・(進行役として)付箋1枚1枚の違いをオープンにしていく
映画をみながら気になったことを付箋に書いていってもらう。
その付箋を元に、振り返りのセッションを行っていくのだけれど、
参加者同士が同じシーンや言葉を同じ付箋に書き留めることも多い。

その中で、振り返りのセッションの時に、
「同じ付箋」としてシェアされることも多いのだけれど、
ひとりひとりの付箋に書かれている言葉やシーンは同じであっても、
その付箋に書いた人の背景にあるものが同じというわけではない。

だからこそ、進行役はその「同じ」とシェアされる付箋の中にある、
「違い」がシェア・オープンされるように、
その「場」を整える必要性がある。
整えるというのは、付箋を出した人に、
時間(話さなくても話さなくても良い)をつくることなど、
できることはたくさんある。

そういうふうに、進行役は「違い」がどのようにオープンされていくか?
自覚されていくか?という視点にたって、
その場に関わらる必要があると思う。

違いがオープンになることで、対話は深まっていく。
共感よりも、違和感を。違和感の先に対話があるし、
対話の先に、共感を超えた、人と人とが重なり合う喜び、
楽しさがあるように思う。


・「シェア」よりも「オープン」
今回、振り返りのセッションを行うときに、
ぼくは、「シェア」とか「共有する」とかいう言葉をよく使っていたけれど、
振り返りのセッションを有意義なものにしているのは、
「オープン」とか「公開」という姿勢なようにも思う。

「シェア」とかいう言葉には、何か「持っている」ことが前提で、
それを他者と分かち合うイメージがぼくには強かったのだけれど、
振り返りのセッションの場では、「持っていない」ということもまた重要なのだとおもう。

つまりは、意見の交換だけにとどまらず、
その人の今の状態にも視点をおくことって大事だなと思った。

公開を前提に「書く」

公開を前提に「書く」

 

自分の中にある、

自分だけの言葉を、

公開を前提に書くことで、

自分と他者との関係生の中にある

他者にも通じる言葉に置き換えることができる。

 

(通じる言葉は、他者と分かりあうための言葉という意味ではない)

 

公開を前提にしなければ、

自分の中にある言葉(想い)は

自分の世界から抜け出すことはできない。

 

たとえば人に話すとスッキリしたり、

悩みが消えることがある。

それは、他者に分かってもらったからではなくて、

自分の世界の中から抜け出せなかった言葉が、

「他者に通じる言葉」として、

自分の外に出せたことから生まれるのではないだろうか。

 

(実際に相手の言葉を理解せずとも、

ただ聴くことで、目の前の人は自然と癒されていく)

 

 

公開を前提に書けば、

自分の世界の中にある、

自分だけの言葉(想い)を、

他者に「通じる言葉」に

書きながら変換していくことができる。

 

(公開を前提に書くと、必ず自分以外の人の存在を意識して書く)

 

人にわかってもらうと

癒されるのではない。

人に「通じる言葉」に置き換えるだけできっと人は癒される。

 

他者に分かってもらうために書かなくてもいい、

ただ、自分だけの言葉の世界から、

他者にも通じる言葉の世界へ

自分の言葉(想い)を書き換えていけばいい。

2020/6/28 べてるの家の ドキュメンタリー映画『ベリー・オーディナリー・ピープル』予告編1 上映会の参加者の感想

 

2020年6月28日に、「べてるの家ドキュメンタリー映画「ベリー・オーディナリー・ピープル予告編1」の上映会を、静岡で開催しました。

参加者6名+進行役で、映画の上映と振り返りのセッションを行いました。

◎予告編1の紹介

『ベリー オーディナリー ピープル』予告篇その1 (60分)
『ようこそ べてるの家!』
カメラが「べてるの家」を訪ねると、メンバーが一人ひとり、カメラに向かって自己紹介をしてくれた。精神障碍者であることを誇りに思っていると言う坂本さん。障碍者でも生活保護でも赤ちゃんは産めるんですと語る山崎さん。「希望者は申し出てください、みんなのパパになります」と下野くん。入院歴三十四回という記録を持つアル中の向井さん。一等航海士だった向井さんは、ずっと“後悔”ばかりしているそうだ。

 

◎参加者の感想

なんで精神障碍になるのだろう?自分の中で何が起きるのだろうか。

自分が起こしたことなのか。起きざるえないことなのか?

なる人とならない人の違いは何なのか?

印刷してもらった紙を見ようと思う。

すごく自分と向き合う機会にもなり、良かった。

でも何がどう良かったのかはよくわからなくなりました。

何かが変われた気がする。

 

数年ぶりにべてるDVDを見ました。以前見てから大分経っていて、内容をほとんど覚えていなかったけれど、なんとなく、おもしろかった記憶があってまた見たいと思っていたので、また見られて良かったです。べてるの家に流れる安心の空気が、やっぱり心地よく感じました。みなさんと話をする中でもたくさん出てきた“弱さ”というのはその心地よさにとってなくてはならないものだなあと思いました。弱さを出し合えるという人間関係は、今はあまり多くはないのが、世の中がなんとなく冷たくて、不安に感じる大きな要因なのかなと思いました。その人、1人ひとりの中にある弱いぶぶの中にこそ、その人のすばらしさがある、ということが、みんなの当たり前にあったらそんな場になるのかなぁと思いました。私は、そういう場にいたいなと思いました。

そのためにも、当事者研究をしたりして、自分のことを知ったり、弱さを出していける関係性を築いたりしていきたいなと思っています。

 

精神障がいであろうと、生活保護であろうと、依存症であろうと、医者であろうと、、、いろいろな人がごちゃまぜになって、そのままの自分で生活できている空間て理想だなと思います。

どこか遠い別の世界のことではなく、私の暮らす目の前の世界でも、べてるのほかほかが伝染して広がるといいのに~と思います。

そのためには、「ちゃんとしなきゃ病」をぼく滅させて、そのまんまで、でも自分の選択による結果は受け止めてを、日々繰り返していかねば。

 

最初の印象として、皆が生き生きしていると感じました。自分が持っていた持っていたイメージを大きく変えることができた。

話し合いの中で弱いところをなかなか人に話せることができないという話も出たけど、きっと映画を見るだけでもちがうなぁと思いました。

自分の生活のなかで、障がいにか変わらず、生きづらさは感じるけど、それは自分を良く見せたいとか、しっかりしていたいと思うからというのが大部分で、その自分の弱さ、人の弱さにこそ魅力があるのかも。

そういう部分もその人の一部って受け入れようと思ったし、自分自身もつねに誰にでも良い人でいようとは思わなくて良いと思った。

障がいが問題なのではなくて、それを受け入れる本人、周りの環境の力が、その人自身を生きる力になっていくんだなぁと思えた。見れてよかった!!◎

 

べてるの事を知ると同時に、自分の事を見つめなおしたり、社会のことを考えたりと幅広く考える時間となりました。みなさんの意見を聞けて感謝しています。ありがとうございました。

 

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『持続可能な生き方をデザインしよう』 読書会vol.1 ふりかえり

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https://www.amazon.co.jp/持続可能な生き方をデザインしよう――世界・宇宙・未来を通していまを生きる意味を考えるESD実践学-高野-雅夫/dp/475034561X

 

 

読書会お疲れさまでした。

今回はオンライン参加と対面参加という初の試みということで、

運営もなかなか難しかったと思いますが、

オンラインで参加された方とも意見交換ができましたし、

新たなつながりをいただけてとても有意義な時間でした。

ありがとうございました!

 

今回の読書会ではさまざまな世代の方々が参加されていて、

個人で感じていることや考え方も異なることは前提ですが、

自分にはない葛藤や、悩みもあることに気付かされます。

逆に、自分にしかない葛藤や悩みにも気付かされます。

 

 

本を読んでいると、今のこの社会は持続可能ではないことはよく理解できます。

だからこそ、僕たちの暮らしを変えていくことの重要性もよく理解できます。

 

ただ、僕が感じていることは、「変化」を生む要因が、

地球のため、持続可能なため、というものだけでは

動かないようにも感じていますし、何か他の問題が生まれてくるようにも感じています。

 

どんな時も、「変化」を生むのはその人自身の中にある喜びや心地よさなのだとも思っています。

というよりも、そうあってほしいなという気持ちが僕の中では強いのだと感じています。

 

何か持続可能な暮らしが「正しさ」をもつと、

それと同時に、閉塞感や生きづらさも生まれてくるような気もしています。

(今回のコロナ騒動でもそれをとても学んだように思います)

 

 

僕自身、自然農をやっているのは、やっぱり自分のためであって、

自然の中にあることの喜びや心地よさを自然農の田畑では感じることができます。

結果的に、暮らしのなかに持続可能性が生まれてきている部分もあるかもしれません。

 

 

また読書会終了後には、本の内容だけでなく、

どうやったら意見交換しやすいのか、

対話が深まっていくのか?とみんなで振り返りが

できたこともまたすごく僕自身の学びになったと思います。

 

本の内容にもあるように、外的世界をどう変えていくことによって

持続可能な社会が作られていくということももちろんですが、

「自らを省みる能力」に書かれていたように、

内的世界をひとりひとりがどう捉えていくか?という点も、

同じように重要だと感じます。

 

だからこそ、今回の読書会の終了後に

読書会での「学び方」の振り返りや意見交換自体も

僕にとってはとてもエコロジカルで、持続可能な学びとなりました。

 

また次回も参加予定です。よろしくお願いいたします!