そのまんまたろうのブログ

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第2回 インタビューゲーム会4時間セッション@木下邸 のふりかえり

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3/2に木下邸にて、インタビューゲーム会4hセッションを行いました。
今回は、名古屋の中村教室でらくだめそっどの学習仲間数人と、
ことばこ時代からの仲間が乗り合わせで泊まりで来てくれました。

今回は僕を含めて11名の奇数でしたので、
進行役としての参加になりました。

以下、今回のインタビューゲーム会の振り返り

・インタビューゲーム会の前につくられるもの
今までのインタビューゲーム会では、そのワークショップに参加する前の人の環境、関係性に目を向けたことはほとんどなかったのだけれど、今回は、名古屋メンバー6名が乗り合わせで約4時間ほどかけてきてくれた過程の中でつくられた関係性が大きくインタビューゲーム会に関わっていたように思う。

いつもは、インタビューゲーム会の4時間の中で、最初の意識がばらばらであった個が1つになっていくような過程であったが、今回は、インタビューゲーム会の始まりから、どこか1つの意識がその場に存在していたような気がした。

その意識にだんだんと、その他の参加者の個が混ざりあっていったように感じた。

インタビューゲーム会に参加する前の、その人のいた環境や関係性に意識を向けることはこれまでなかった。だけれど今回はいつもとはまた違ったプロセスでインタビューゲーム会の始まりを体験することができたからこそ、目の前の人の一つ前の置かれていた面に意識を向けてみることも、その人を捉えていくためには大切なのかもしれないと思えた。


・書くことで、聞き足りなかった面に気づく
これは、初めてインタビューゲームを体験した参加者がシェアしてくれた気づきなのだけれど、僕がインタビューを編集するときにたしかによく感じることだと感じさせてもらった。

インタビューだけでは自分の「聞き方」「問い方」を見つめることは難しいのだと思う。インタビューをして「書いて編集する」ことで、自分の「聞き方」「問い方」が見えてくるのだ。
書くことで、自分が聞けていなかったことに気づく。もっとここを聞いておけばよかったとか、聞き逃してしまった、とか、自分の聞き方に書くことで気づける。
聞くことを深めるためには、「聞くこと」だけではなく、「聞いて」「書く(編集する)」のセットが重要だ。


・言葉を拾う参加者
ふり返りセッションの対話の場で、ひとりひとりの言葉を拾って(付箋に書きとめて)模造紙にどんどん貼ってくれている参加者さんがいた。
これは、その人なりの対話の場への貢献で、その人なりの参加の仕方なのだ。対話は話すことだけではなくて、「普段聞き流されていく言葉を確実に拾っていく」=「聞きあい」のコミュニケーションであるという話が出た。

進行役として参加する中で、参加者ひとりひとりがその場に介入できているのかに意識を向けることは多くあるのだけれど、「場への介入の仕方」は僕の見方の中での「場への介入の仕方」でしか見ることができない。
だから、僕が一見介入できていないと感じる人であっても、その人にとっては「介入でしている」のかもしれない。

今回、僕はほとんど何もしなくても大丈夫だった。最初はルールの説明を自分でしているときにものすごく違和感があった。みんながインタビューをしているときに、「ルール説明も参加者にやってもらえばよかったのだ」と感じた。その後から違和感がほとんどなくなった。そうしてから、グラフィックを貼り出すことも、気づきを書く時間設定も、すべて参加者が自然な流れで決めていってくれた。

進行役が「しない」ということは、誰から「する」とは「動きだす」ことなのかもしれない。僕が「してしまったこと」で、参加者が「できなかったこと」「動き出せなかったこと」が今までどれだけあったのだろうか。


・インタビューゲームは続く
今回、パートナーの唯ちゃんが参加してくれたこともあり、インタビューゲームというワークショップが終わった「後」の関係性を身近に感じることができた。
インタビューゲームの20分で、完結することなんかなくて、インタビューゲームの20分が関係性の「はじまり」なのだと、唯ちゃんの姿をみて思う。

人は一人では学ぶことはできないし、「関係性」の中に自分が映し出され、自分で気づき学んでいく。そう思うと、インタビューゲームを開催して、「関係性」のはじまりをつくることはとても大きな価値があるように感じた。


・場ができること
今回、わざわざ蒲原までみんなが来てくれたことはとっても嬉しかった。高校を卒業した僕は、誰も知り合いのいない愛知県に進学した。最初は何のつながりもない中で、約7年間で愛知・岐阜中心にこうしたつながりができたことは本当に嬉しいことなのだと思う。

今回の場ができるということはすごいことなのだと思う。みんなとの縁は、僕ひとりがつくったものでない。ことばこの尾関さんや寺子屋の井上さん、大学時代から一緒に活動している太地くんやひろやす、ことばこ時代によく参加してくれた本田さんなど、いろんな人の1歩1歩がいろんなところで交錯して、巡り巡って「この場」に回ってきてるのだと思うと、本当にありがたい気持ちになる。
僕の「今」も、直接的に「誰か」に関わらないかもしれないけれど、誰かの人生につながっているのかもしれないと信じて、毎日を一生懸命、丁寧に生きたい。

 


今回、静岡の友達も初めてインタビューゲームを体験してくれたことも、とても大きなことでした。定期的にこのようにインタビューゲームを開催していけたらと思っています(^ ^)

参加者してくれた皆さん、おつかれさまでした^^