母子ともにものすごい状況下にたたされている
現在、二人目の子どもが1か月を経過した。
この1か月を振り返ってみると、
第一子のときと比べると、状況が全く違う。
第一子の時にものすごく苦労したことも、
第二子では問題なく、進むことが多い。
その1つが母乳に関することである。
赤ちゃんは誕生と同時におっぱいを吸う、もしくはミルクを飲むことでしか、自らが生きるためのエネルギーを得ることができない。
お腹の中でへその緒を通して供給されていた状況とまったくもって異なる。
これはものすごい変化である。そんな変化に、赤ちゃんは対応しなければならない。
しかも生まれて、へその緒を切られたその瞬間から。
生まれた赤ちゃんはものすごい状況下にたたされている。と思う。
第一子のときも、第二子のときも生まれてすぐ、母親のおっぱいに吸い付いた。
その姿は本当に命がけである。
でも、それは赤ちゃんだけでなく、母親もその変化に対応しなければならない。赤ちゃんと同じくらい、大変な状況下にたたされる。
母親のおっぱいを通してでしか、赤ちゃんは生きるためのエネルギーを得られないのだから、母親は2つの命をつないでいる。ともいえるかもしれない。
そんな状況下に母親は立たされている。ということを忘れてはいけない。
僕が自分の体験をまとめておこうと思った理由
僕が自分の体験をまとめておこうと思った理由は、
母乳育児の良さをみんなに伝えたいというわけでもない。
記事の中で、助産院での出産について触れることも多くなると思うけれど、
助産院での出産を推したいわけでもない。
自分のよかった体験を伝えたいわけではない。ということをこの記事に目を通してくださる方がいたら、まず理解していただきたいと思う。
ただ、母乳育児をしたいと思うお母さんや、
それを一番近くでサポートするお父さんに、
自分自身の経験や気づいたこと、学んだことがどんな些細なことでも、参考になったり、きっかけになればいいなという想いからだ。
そして、この母乳育児が身近にある環境は今だけなのかもしれない。とも思う。
第一子のときもそういった想いはあったのだけれど、
こうやって自分の言葉を書く余裕すらなかった。
でも、第二子生まれて1か月を経過した時点で、
第一子の時よりも遥かに精神的にも肉体的にも余裕がある。
だからこそ、この母乳育児が身近にある今、
自分の言葉を残しておきたい。という想いが芽生えてきた。
「自分のよかった体験を伝えたいわけではない。」についてもう少し詳しく
子どもに関わる多くのことを、親は選択しなければいけない。
出産に関することであったら、出産場所(里帰りするのかしないのか、産婦人科、助産院、自宅出産など)、分娩方法であったら自然分娩、無痛分娩など、、、
いろいろな選択をしなければいけないし、その一つ一つの選択の中にも、選択肢が山ほどある。そして、それぞれのメリットがある。逆にデメリットもある。
どうしても、「母乳の方がいい」とか「~の方がいい」と相対的に物事を捉えてしまいがちであるし、自分の経験をよかったこととして他者にその選択を推す人もいるだろう。
でも、必ず「これがよい」ということなどないと僕は思う。その人にとって合うか、合わないかが何よりも大事にされなければいけないように感じている。
あらゆる選択肢は、その選択肢だけでおさまる話ではないのだと思う。たとえば母乳育児であっても、お母さんと赤ちゃんだけではおさまらないことなのだと思う。
お母さんの産後の身体の状態、仕事との関係、まわりのサポート体制、、、あらゆることが母乳育児にだって関わってくる。そのおかれている状態はみんな異なる。その人だけのオンリーワンな状態なのだから、その人に何がフィットするのか、しないのかはその人自身が判断するしかない。
だから、誰かが「良い」とすすめることが、自分自身にとって「良いこと」ではないのだと思う。
まずは、お母さんや夫婦がおかれている状態を把握していくことが重要なのかもしれない。(サポート体制などの現実的な環境面、そして大切にしたい想い、理念のようなことも)
そして、その自分たちの状態を理解してくれる人、理解しようとしてくれる人の存在が大切なようにも感じている。特に医師や助産師さんなど専門的な部分において。