そのまんまたろうのブログ

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第2回(2019.3.2) インタビューゲーム会4時間セッション@木下邸 の感想シート

2回目のインタビューゲームを終えて、自分に対する新たな発見ができました。インタビューは、相手のことを自分が知る機会なんだと思っていましたが、インタビューをすることによって相手の考えを知り、インタビューされることによって自分のことを知ることができると感じました。いろいろな考えの人がいて、いろいろな表現をする人がいて、いろいろな形でこのゲームに参加する人がいて「みんな違ってみんあいい」と思いました。インタビューゲームで得た気づきをこれからも自分に生かしていきたいと思いました。

 

・自分の頭の中にあるけれど言葉にできていなかったことを言葉にしてくれるので気づきになる
・人数が多いと考え方や感じ方も多様になって面白い。
・インタビューゲームは相手にしっかり向き合うことができるので、普通に話すよりもより深い話ができるし、信頼関係が築きやすいと思う。
→相手にしっかり向き合うには気持ちと環境が必要だと思う

 

今までに体験したことのないインタビューゲーム会でした。集まる人、場所、プロセスによってこれほどまでに雰囲気は変わるのかと驚きです。わりと僕の中ではインタビューゲームは「煮込み料理」のイメージでした。今日のは野菜炒め、ざく切り野菜を一気に炒めて出来上がり!!でもどっちも美味しくて良さがある。そんなことをしみじみ思いました。

 

絶不調だーい。しかしそれもまた一興。かみ合わなかったからこその展開。「不便さ」が生み出すたのしさ、比較することについて、言葉にできないこと。
研究したいことがいっぱい!

 

こんなにも笑いの絶えないインタビューゲーム会は初めてでした。(今までの会に笑いがなかったというわけではない)
インタビューゲームといえばこんな雰囲気!みたいなものが自分の中に少なくとも存在していたんだと思い知ったと同時に、固定されつつあった考えを良い意味で打ち砕いてくれたと思う。
楽しいだけではなく、誰かが今日は、弾けている印象として言葉があってからは真剣な深い話もしていいという流れもあって、ファシリテーターのたろういや、もんたを介さなく(言葉がなくても)ても場がつくられていることに感心した。
そう、自分はこの場にいて、この場をつくる担い手の一人という気持ちが誰もが持っていたのかもしれない。だから、今日のようなインタビューゲーム会になったのかもと思いました。
たろう、いやモンタいや、旦那とウィリアムズさんありがとうございました。

 

かなり久しぶりにインタビューゲーム会に参加してたのしかったです。
ただひたすら聞き合う、というのは、普段の生活にはなかなかないことで、普段なら「こんなに聞いてもいいのかな?」とか、「自分ばかり話しすぎてないか?」とか考えてしまうけど、そういう意識なく、聴き合えるのでいいなぁと思いました。話を聞いていくと、この人はこういうことを大切にしているのか、と新しいことが聞けて、相手をより身近に感じられた気がしてうれしかったです。
また、自分一人で考えていても出てこない言葉や思いが人と話す中で生まれてくるというのが面白かったです。最近は、家族以外ではこうやって人と会って色々な話をするという機会があまりなかったので、やっぱり人と会って話したり、笑いあったり、相手の考えていることを知れたりするということは、楽しいし、好きなんだなーと改めて感じたので、こういう場を作ったり参加したりしていきたいなぁと思いました。安心して話し、聞き合える場所というのはいいですね。

 

初蒲原。木下邸は想像以上に素敵なところですね。居心地がいいなぁ。そういえば、畳のお部屋・卓上台でインタビューゲームって初めてかもしれません。ダルマストーブを囲んでほんわか春心地で出来ました。
ファシリテーショングラフィックが何故好きなのか、何故好きになったのか、を問われて、改めて考えさせてもらえたのが大きな収穫です。「書くことが好き」なのですが、あくまで前段に「話すこと」「聴くこと」があってのもので、それを抜きにしては語れないのです。インタビューゲームも似ているかもしれないですね。
だから振り返りの時間がとても面白かった。10人+1人と比較的大人数で行ったからこそでしょう。どのペアも「Nice組み合わせ」と思ったし、1人1人の気づきや言葉に触発されて、「新たな発見」がいろいろあったのではないでしょうか。たくさん拾わせていただきました。ありがとうございます。
筋肉は裏切らない。

 

ねらいをもってインタビューすると、見えてくるものが変わってくる。「1つのことから深堀してみよう」と意識すると、そこから、どうやって相手の本質が見えてくるだろうか?と楽しみでもある。
自分の中で納得いくまで深堀すると、あっ今日相手のことを少し理解したと思える。自分の中で「タガ」みたいものがあると同じものでも見えてくる世界は変わってくるのだろう。インタビューゲームでは、ルール①〜③を意識することで、コミュニケーションルールそのものを考える機会になる。あぁインタビューゲームはコミュニケーションそのものを考える「タガ」を組みこんだワークショップなのか。
そこに意図があるから、学習ツールとして成立するのか。

 

今回初めてインタビューゲーム会に参戦。聞くことだけをするワークをしたことが今までもありましたが、それを書きとめることはなかったので面白かった。
「書くこと」によって今まで体感してなかったことを経験できて、同じ「聞く」を意識しているのにそれを「聞く」だけで気づきがあるんだという発見もできた。
ふだんからいつも「聞く」を意識しているつもりだが、ふだんの「聞く」の質が低くないかを疑うと何か発見があるかも。家族などの近い存在でインタビューゲームをすることもすごく発見がありそう。「ダンナ」と「妻」。「親」と「子」興味深い。

 

初!の参加でしたがおもしろいなぁ!というのが感想です。on,offの切り替えがあって、くだらないくだり(?)もあれば真剣な時間もあるという。今までに経験したことのない感覚でした。初めてお会いした方々も魅力的な方ばかりですごく良い人たち!これから長く付き合いをお願いしたいです。
なんでかわからないですけど、会の最中に自分の“思考のクセ”が気になりました。そのクセから脱する(?)ことが、成長する一歩かなあと。
あと根本的なことですけど、インタビューゲームの目的ってなんですか??(笑) 形式とかゲーム感覚とかはつかんだんだけど、なんのために元々はあったのかなって。今回に限らず、人と関係するとき、何か遠慮の心があるのはなんでかな?と思いました。その人の期待みたいなものに答えられないかも。とか自分で思ったりするのか、、、
今日インタビューさせてもらった岩谷さん、場を作ってくれた太郎ちゃん、僕の自己紹介に感想を持ってくれた皆さんにありがとうと伝えたいです。ありがとうございます。