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そのまんまたろうのブログ

そのまんまこそ本物だ。自分のそのまんまを、受け入れ、認め、ゆるし、愛しています。

Sonomamma Taro no Blog

そのまんまがあるだけ。そのまんまを、受け入れ、認め、ゆるし、愛しています。

納得感はどこからくるのか

納得感はどこからくるのか?

 
小4-39
 
プリントの目安に達していれば、
次に進むという選択肢が生まれてくる。
 それを自分で「決める」ことができる。
 
ただ、目安の時間でできていたとしても、
自分の中で「納得感」が生まれない。
なかなか次に進もうという気持ちが起きないでいる。
 
なぜ納得できないのだろう?
この納得感はどこからやってくるのだろう?
 
目安の時間でできていても、
自分としては「まだできる」と思っている。
もっとスムーズに、流れるように問題が解ける。
そんな自分がいるということが、自分ではわかっている。
 
でも、そんな自分になれるにはまだまだ時間と量が必要そうだ。
ここで次に進んで、
今のプリントを止めてしまえば、
そんな「自分」と出会えるチャンスを打ち切ることになる。
 
そんな気持ちなのかもしれない。
 
今、できなくても「できる」自分を知っている。
その「できる自分」と出会いたいわけで、
でもすぐには出会えなくて。。。
 
「納得感がうまれない」というのは、
 そんな「会いたいけど、会えない」気持ちが含まれているのかもしれない。
 
***
 
この納得感を感じられる学びこそ、
(納得感があることも、ないことも感じられる)
セルフラーニングと言えるのかもしれない。
 
自分で決めて、自分で学んでいく。
そんな学び方だからこそこの「納得感」を感じられるのだと思う。
 
それともう一つ。
 
今の自分のレベルで、
 次のプリントに進んだとしても、
きっと同じようにつまづいて、
同じ問題と向き合う時がくるだろう。という気持ちもある。
 
(目安の時間ではできているのだけれど)
今の自分は割り算もスラスラ解けないわけで。
でも、今後も割り算をする機会がなくなるわけではない。
むしろ、その割り算を土台に新たな課題にチャレンジしていくはずだ。
 
そんな自分の未来の見通しが、
 今の納得感に影響しているように思う。
 
自分が「未来」をどう見据えて、
どんな見通しをしているのかで、
自分の「今」の現状への納得感が変わってくる。
 
そして、たとえ納得感が得られなくても、
自分がどう未来を見据えているのか?
そのことがどのように今に影響してくるのか?ということが整理できれば、
「納得できない今」を心地よく、受け入れられる自分になれるように思う。
 
 
***
 
これは計算プリントに限らず、
同じことが言えるのだと思う。
 
今の自分が、どう今を捉えているのか。ということは、
必ず未来をどう捉えているのか?ということが影響している。
 
今の現状が満足できずに、
今の現状をなんとかしようと、
がむしゃらに頑張ったとしても、
 
今の自分の未来の見つめ方、
未来の見通し方に問題があれば、
いくら今の現状を変えようと頑張ったとしても、
自分の今の捉え方は変わらない。
 
自分の「今」といのは必ずしも
自分の「未来」と切り離されているものではなくて、
自分の未来は自分の「今」にかなり影響を与えている。
 
 
***
 
そう考えていくと、
 「納得できない自分」というのは決して問題ではなくて、
できる自分を信じていれば、
自分の未来を描くのなら、
 必ず生まれるものである。
 
だから納得できない自分を
無理やり納得できる自分にする必要もない。
 
ただ、その中で
「納得できない自分」に納得することはできように思う。
 
だから、自分の納得感はどこから来ているのか?という問いから、
自分が時間軸を元に、どう未来や過去を捉えているのかを整理し、
自分の今にどう影響してくるのか?という見方を磨くことで、
「納得できない自分」も納得できるのではないかと思いました。