ただ、このごろよく思うのは、何か中間にあることを省いているんじゃないか。 何か大事なものかそうじゃないか、それもよくわからんのだけど、本当は中間に何かあるのに、原因と結果をすぐに結びつけるっていう今の考えかたは、自分も含めて本当じゃないなって思います。(p.72)
生きるっていうのは、どっちとも言えない中間を断定できないまんま、ずっと抱えていくことじゃないか。僕はそういうものをいくつも、いくつも飽きもせずに抱えながら歩いてきた。 これは大変な荷物持ちだねって言われたら、本当にそうだと思います。 考えて考えて考え続けてはいるんだけど、断定できないんだからそうするよりしょうがないんですね。(p.87)
それはつまり中間をおろそかにしないってことでもあると思います。よせやい、まだそう断定するのはちょっと早いんじゃないかないかってね。(p.89)
中間にいられる自分でいたいと思います。中間はというのは、分からない状態であり、できない状態であり、悩んでいる状態と捉えることができるように思います。
何かを割り切って、わかったことに、できたことに、悩みが解決されたことにしないでいたい。そんな中間の状態は、他の誰かには、「弱さ」として見えるかもしれません。
だけど、そんな「中間の状態」「弱さ」こそ受け入れて、認めて、愛していく。その状態でじーーーっいられることこそ、「強さ」のように最近は思っています。
⭐︎Facebook:https://www.facebook.com/taro.shiosaka?fref=ts
日々の情報はこちらで発信しています
⭐︎そのまんまぴくちゃーず:http://taroshio.tumblr.com
自然の美しさをそのまんまお伝えします!
⭐︎まなゆいセッション希望の方は、こちらまでご相談ください
taro.sonomamma@gmail.com