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そのまんまたろうのブログ

そのまんまこそ本物だ。自分のそのまんまを、受け入れ、認め、ゆるし、愛しています。

Sonomamma Taro no Blog

そのまんまがあるだけ。そのまんまを、受け入れ、認め、ゆるし、愛しています。

育児放棄について考えてみた。

育児放棄ということについて考えてた。

 

何もしないことは、育児放棄だと言われることがあると思うけれど、

その子に対して「何もしない」ことが育児放棄になるかといったら、

そんなことはない。と思った。

 

もちろん、その子供に対してこうなって欲しいとか、

子供への「想い」が一切なくて、

「何もしない」というのは、

育児放棄かもしれない。

 

ただ時が来たからとか、

周りの子供がこうだからとか、

社会がこうだからとか、

その子の今の状況を何も考えずに、

何かを教えたり、無理やり環境に突っ込むこともまた、

育児放棄とも言えるのではないかとも思えました。

 

多くのお母さん、お父さんが悩み、葛藤しているのは育児放棄していないからだ。

 

その子の今抱えていること、

目の前にある問題や課題をしっかりと見つめて、

そのためにどのような関わり方をすることがいいのか、

それを常に問い続けることこそが、大切なのでは。と思った。

 

その問いかけを放棄することこそが、

育児放棄なのではないかと思った。

 

だから、「何もしないから」「何も手助けしないから」といって、

育児放棄だというのも変な話だと思った。

 

何もしなければ、手を加えなければ、

その子の今の状況が正しく見える。ということもあると思うし、

そこから何かを気づいて、どんな補いができるか、

問うことができることだってあるのだから、

「何もしない」からといって、

育児放棄と決めてはいけないのだと思った。