そのまんまたろうのブログ

そのまんまこそ本物だ。自分のそのまんまを、受け入れ、認め、ゆるし、愛しています。

Sonomamma Taro no Blog

そのまんまがあるだけ。そのまんまを、受け入れ、認め、ゆるし、愛しています。

考現学

2018.4.1(2018.3.30分) サッカーから学んだ聞くこと

話すことよりも聞くことの方が、 僕にとっては自然とやれることだったのだけれど、 その「聞くこと」について、 なぜ自分が話すよりも、聞く立場に立つようになったのか、 そういう視点から過去の自分を振り返ってみると、 幼稚園からやっているサッカーの経…

2018.3.29 頼むことで相手の見えなかったことが見えてくる

昨日は主催した勉強会があり、その振り返りが頭の中にある。最近は、主催のような立場になることが多く、 イベントの当日は聞かれることや、指示することが多い。昨日は受付を仲間のひとりがやってくれて、ものすごく助かった。いつも自分が動いてしまってい…

2018.3.28 おんなじ質問はいつも新しい質問でもある。

初めて会う方がいると、 毎回同じ質問をされる。 でもそれは同じ質問なのだけれど、 同じことを相手が受け取っているとは限らない。 問う人の「問い」は同じだけれど、 その問いの元(なんでそれを聞きたいと思ったかの動機)も違うかもしれないし、 自分の…

2018.3.25 “今”この土を考えること

今の土をみて、考える。 なぜこんな土感なのだろうか。 ここは昔、どんな土地だったのだろうか。 ここの地形はどんな形をしているのだろうか。 この土地はどんな歴史があるのだろうか。 そして、どんな作物が適しているのだろうか。 いつ、何を定植してみよ…

2018.3.25(2018.3.24分) 土

実家に帰省している。今日は使っていない畑(山)を持っている方に、 その土地を見せてもらった。 この3年間ほど、岐阜の美濃加茂で畑と田んぼをやってきたが、 静岡の地元で、畑や田んぼの「土」に触れることは全くなかった。 今日、初めて畑(山)を見せ…

2018.3.23 自分のことを分かってくれないと人は嘆く

自分のことを分かってくれないと人は嘆く。 でもそんな簡単にわかってもらえるほど、 あなたは単純ではない。 みんなと感じることも、考えていることも、 やりたいことも、大切にしたいことも違うはず。 だから、わかってもらえなくて当然なんだ。 目の前の…

2018.3.22 らくだのプリントに取り組む時間帯について

らくだのプリントに取り組む時間帯について。 昨日はプリントをやることができなかった。夜の23:30まで打ち合わせが長引き、その後に、話の内容をまとめたりしていると、日付が変わってしまっていた。その時点プリントができていなかった。そこまで遅くなっ…

2018.3.21 カーリングは合意形成ゲーム

今年は平昌オリンピックで初めてカーリングをみた。テレビをつけた途端に、選手の声がマイクによって拾われているのがすごく斬新で、面白かった。ファシリテーションでやった合意形成ゲームを思い出した。カーリングは合意形成ゲームの様に、目の前の状況を…

2018.3.20 何かを書こうとしても、なかなかうまく書けない。

何かを書こうとしても、なかなかうまく書けない。 その「うまく書けない」のうまくは、 何を基準に「うまく」と言っているのかわからない。 それなのに僕は、「うまく書けない」と思って、 書いては消して、書いては消している。 考現学というのはきっと、そ…

2018.3.19 ファシリテーションの語源は“容易にすること”

ファシリテーションの語源は“容易にすること”であるらしい。ファシリテーションとは、会議とセットのイメージが強いのだけれど、ファシリテーションは、会議じゃなくたって、人と人との関係性の中でいつも存在しているものなのだろう。事務の仕事をしている…

2018.3.18 ただやってみる

できないと思っているのは自分で、 そのできることと、できないこと境界は一体なんであるのか? と考えたときに、それは自分で何気なく設定しているものである。 だから、できなくしているのも自分であって、 できる・できないに関係なく、ただやってみる体…